mood|oblique

clocken.exblog.jp ブログトップ

畑正憲氏が女子トイレに侵入した話

 畑正憲氏とはかの有名なムツゴロウさんのことであるが、彼が昭和31年頃、女子トイレに侵入したらしいのである。
 いや、正直言って、ぼくも小学生の時に侵入したことがある。悪友の一人が、女子トイレで大発見をしたというので、みんなで見に行ったのだ。放課後で残っている生徒はほとんどいなかったとはいえ、発見者があまりにも堂々と入ってゆくので、ぼくらは動揺を押し隠すのに精一杯であった。彼は便器の横にあった琺瑯のくず入れの蓋をいきなり開け・・・・・・いや、この話は本筋とは関係なかった。

『滑稽糞尿譚 ─ウィタ・フンニョアリス』(安岡章太郎編、文春文庫)という本の中に畑氏の「モースの便所」というエッセイが収められている。少し長くなるが、なかなか良い話なので一部引用する。

 昭和三十一年、私が動物学科(引用者注:東京大学)に進学したとき、五人の同級生の中に、一人の女性がいた。動物学科はじまって以来の婦人の学生であった。
 モースの肖像が正面を飾る講義室で、進学のガイダンスを受けたとき、白髪の主任教授がいった。
「このたび、動物学教室に、はじめて女性を迎えることになりました。よくきてくれました。大歓迎です。この教室は、遠く明治の昔から、女性を待っていました。私どもは、昔から、一つだけ誇るにたるものをもっています。それは、本学で唯一の婦人専用便所をもっていることです」
 なるほど、そういえば、東大には婦人専用の便所がない。婦人は、男性が放列をしく後ろを、平気な顔をして通り過ぎなければならなかった。
「動物学科を創設したとき、モース先生が、ぜひ婦人便所をつくるようにと力説されたのです。いつかは必ず、婦人の学生が入学するという確信があったのでしょう。以来、この学科にだけは、専用便所がつくられています。どうか、明治十年から待っていた施設を、心おきなく使ってください」
 明治のはじめである。だれが男女共学を考えたであろう。私は、はっきり未来を見通していたモースの便所の前を通るたびに、心のひきしまる思いがした。


 畑氏は、この便所を使える女子学生をうらやましく思い、なんとかその中に入ってみたいと願う。悶々と日々を送っていたとき、友人がある方法を伝授してくれたのだった。

「なに、簡単だよ。ぼくはね、アルコールを注射器に入れて、飛んでいるハエを落としてまわったんだよ。うまくなると、百発百中落とせるようになるんだ。そのうちにハエがいなくなる。と、残るは婦人便所さ。ぼくはこの手で、堂々と中にはいった」


 そうして畑氏はハエ退治に習熟し、とうとう念願の女子トイレに侵入するわけである。
 いい話でしょう?
 その方法を教えてくれた友人がどうして女子トイレに堂々と入る必要があったのかは不明であるけれど、放課後にこそこそと入ったぼくとは較べようのないくらい悪智・・・いや人間的に立派だと思うのである。

 このエッセイを何度となく読み返したが、そのたび、モース先生の教育者としての熱いハートに感動する。遠い異国に来て、ただ学問を教えるだけでなく、ずっと先のことを見通し、きっと会うことも感謝されることもない将来の女子学生のためにトイレを作るなんてね。

 モース先生といえば、「大森貝塚」である。京浜東北線の車内から、ふと記念碑を見つけたときは、やっぱり感激した。今や遺跡としてはほとんど消滅しているようであるが、当時の出土品は重要文化財である。でも、モース先生はそれ以上に重要ななにかも残してくれたのである。
[PR]
by clocken | 2004-11-07 02:41
line

思考の空転するままに書くことができたら。


by clocken
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31