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「君が代」の君ってどんな君?

君が代の解説変更:在ドイツ日本大使館【絵文録ことのは】を読んだ。

 在ドイツ日本大使館のサイトに掲載されている「君が代」の解説を政府が修正した、という記事を基に、修正前と修正後の文章を比較、紹介している。

 恐らくは誰でも知っているだろうけれど、念のため「君が代」の歌詞は次のとおり。
君が代は
千代に八千代に
細石の
巌となりて
苔の生すまで

 在ドイツ日本大使館のサイトでは、この歌詞が次のように訳されていたらしい。
Gebieter, Eure Herrschaft soll dauern
eintausend Jahre, abertausend Jahre,
bis der Stein
zum Felsen wird und
Moos seine Seiten bedeckt.

(ドイツ語訳の日本語訳)
君主よ、汝の支配は続く
千年、数千年もの歳月にわたって
石が
岩となり
苔が覆うまで

 日本語をドイツ語に訳したものをさらに日本語に訳すというのは奇妙な感じだ。清水義範氏の小説で、 「ジャポン大衆シャンソン史」(『秘湯中の秘湯』新潮文庫に収録)という、日本語の歌をフランス語に訳したものを、再び日本語に訳しなおしたという設定のものがあったのを思い出す。「いとしのエリー」なんかはそれっぽくて笑えた。
 閑話休題。
 ぼくはドイツ語をまったく知らないけれど、ドイツ語訳の日本語訳を見る限り適切に訳されているように思える。暗いムードもぴったりだ。今回の修正は、この“君主"や“支配"という語が政府見解に合わないということのためらしい。歌詞をどう解釈するか、ということに政府見解があるというのもなんだかひどい話だね。
 さて、問題点は“君”をどう解釈するかということに尽きる。“君"が君主の意であれば、支配するのは当然、というか支配者だから君主と呼ばれるわけだし、大騒ぎするようなことでもない。しかし現在の政府見解では「“君"は天皇のことだけれども、天皇は日本国民の統合の象徴であるからして、結局のところ“君"は天皇を戴く国民のことでもあるのだ」ということになっているようなのだ。ふうん。

 でも、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく(日本国憲法第1条)」とされたのは戦後の話で、「君が代」が作詞作曲された当時のことではないはずだ。その“君"を現代の都合で解釈するというのはおかしいのではないか(「君が代」の詞は『古今和歌集』に由来する、と言われているが、それを曲として“成形"したのは明治13年のことである)。
 ウィキペディアに、明治21年文部省編集『小学唱歌集初編』に掲載された「君が代」が紹介されている。
1. 君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで うごきなく常盤かきはにかぎりもあらじ
2. 君が代は千尋の底のさざれ石の鵜のゐる磯とあらはるゝまで かぎりなき御世の栄をほぎたてまつる
   (君が代 - Wikipedia

 これを読むと、“君"は明らかに君主(支配者)を指している。少なくとも明治時代においては、“君が代"といえば“支配者たる天皇の治世"を指すとしか考えられなかったろう。それが、天皇が国民統合の象徴に変わったからと言って、「君=君主」を「国民統合の象徴」と解釈するというのはどう考えてもおかしい。A=BでB=CならばA=Cである、ということだろうか。でも当たり前に考えて、“君"に「国民統合の象徴」という意味を持たせられるだろうか? これは解釈の問題ではなく、日本語としての問題になってしまうんじゃないか?

 初めから歌詞が「天皇の代は 千代に八千代に…」というものであれば、天皇の存在意義が変わったのだから解釈も変えるという議論も成り立つ。
 また、“君"を“あなた"の意に解釈する、という方法論もあろう。この場合の“あなた"は「国民のみなさんのことですよ」というわけだ。
 しかし、“君"を天皇と解し、さらに天皇は象徴だから“君"は象徴です、というのは無理過ぎる。それでは「古代の人はUFOを見て釜を連想し、釜は黒いから、黒が付く地名はUFOを見た場所のことである」というのとたいして変わらない。

 誤解されないうちに言っておくけれど、ぼくは歌詞の解釈が時代の流れとともに変わってゆくということ自体は否定しない。明治に作られた歌だからと言って、「君が代」がいつまでも帝国主義の歌でなければならないということにはならない。
 だが、それはその歌詞が自発的に歌われ、その中で自然に変わってゆくのなら、という条件が付いてのことであるはずだ。そうでなく、お上からの押しつけで「そう解釈すれば問題ないでしょ」というのは変じゃないか?
 極端なことを言えば、国歌として制定するときに“君"の部分だけでも、穏当な言葉に言い換えておけば済んだのだ。そうしなかったところに、ぼくは政府の強い意志を感じてしまう。
 こういうことをしている限り、真の意味で「君が代」が国歌として国民の間に根付くことはないんじゃないか。
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by clocken | 2004-12-10 23:36
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思考の空転するままに書くことができたら。


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